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大阪高等裁判所 昭和31年(ラ)43号 決定 1956年9月26日

抗告人 東太郎(仮名)

相手方 東正明(仮名)

右法定代理人親権者母 大田松子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は「原審判を取消し、相当な裁判を求める」というにあり、その抗告の理由の要旨は次の通りである。

一、抗告人と相手方の親権者母大田松子との間に昭和二六年一二月二四日大阪家庭裁判所において左の要旨の調停が成立した。すなわち、

(1)  抗告人は大田松子に対し協議離婚に基く財産分与として金六万円を支払うこと。

(2)  相手方の親権者は父たる抗告人となつているのを母である右松子に変更し同人において監護すること。

(3)  相手方の氏を右松子の氏に変更すること。

(4)  双方は前各項以外に名義の如何を問わず何等の請求をしないこと。

右の通り松子において相手方正明の親権者となり監護すると定つた以上、自分としては勿論、相手方に関しても抗告人に対し何等の請求をしないとの趣旨の契約が成立したのである。本件扶養料の請求は名を正明に借りで実は松子が右調停の趣旨に反する請求をしているのである。そうでないにしても前記調停は大田松子が相手方の親権者たる資格をも兼ねて将来何等の請求をしないことを約したのである。そうでないなら何を好んで相手方の親権者を松子に、又その氏を松子の氏に変更しようか。抗告人は相手方を自分の手許で養育することを強く主張したが、松子において立派に養育し、母子の生活につき何の負担もかけぬと約したので、右の様に親権の変更に同意したところ、一度親権者となるや、これを悪用し本件扶養料の請求に及んだのである。

二、相手方の監護養育は、調停の趣旨に反し子を金銭要求の道具に用う松子よりは、医師である抗告人においてするのが、本人の将来の幸福を計る所以であるから、抗告人は大阪家庭裁判所へ相手方の親権者を抗告人に変更の申立をして、相手方を自分の手許で監護養育するようにする所存である。よつて抗告人より相手方の扶養料を支払う必要はなくなる。

三、抗告人は、原審判によつて相手方が昭和二九年四月○○日から同年五月○○日まで○○○○医科大学附属病院に入院した費用三一、三六三円の内二万円の負担支払を命ぜられているが、元来相手方の病気は入院療養を要する症状ではなかつたが、前記松子は、必要もないのに上等の病室に入院し、これを舞台として商人を信用させ衣料等を購入し、代金未払のまま退院して行方を晦ませ、その支払を免れることを常習とする女であつて、従来その例少くなく、前記相手方の入院もその手段に利用されたものと想像される。すなわち、松子は叙上調停に基き相手方の氏を大段に変更すべく、大阪家庭裁判所に申請して昭和二七年八月二五日その許可の審判を得ておきながら、本籍岡山県○○郡○○村役場に右氏の変更届の不受理を申入れて、抗告人からの右変更の届出を妨害し、相手方が東姓であるのを幸に、当時の住所地(大阪市○○○区○○町○丁目○○○番地大川美子方)附近に適当な病院が多数あるに拘らず、態々京都府所在の抗告人の母校である○○○○医科大学附属病院を選んで、出身者の子であることを理由に医師を信用せしめ、甘言をもつて無理に入院したものと推察せられる。そして病室は身分不相応に上等な二等甲を選び、入院中は外出勝で病室に居た日数は二十四、五に過ぎない。かかる入院費を、これを全く関知しなかつた抗告人が負担するのは不合理であるのみならず、右入院費の支払については前記大川美子が保証人となつているのであるから同人が支払うのが常識であり、かたがた抗告人に支払義務はない。

四、原審判が定めた抗告人負担の扶養料月額三、〇〇〇円は不当に多額である。仮に原審判において認定された通り相手方の扶養に月額四、五〇〇円を要し、松子の月収は二〇、〇〇〇円抗告人のそれは三三、〇〇〇円としても、抗告人が三、〇〇〇円の扶養料を負担すれば、松子はその一人の生活費に一八、五〇〇円を当てうるに対し、抗告人は妻子各一人を加えた三人の生活を二七、〇〇〇円によつて維持しなければならず、子供一人の扶養料を月額三、〇〇〇円と見ても、抗告人夫婦の生計費月額は一人当り一三、五〇〇円となり、松子のそれに比し、医師として体面を保たねばならぬ抗告人の扶養費負担は過重である。原審判には松子はその職業柄(バーの女給)衣料費等に相当の支出を要するとあるが、抗告人も医師として相当の服装費を要ずるのみならず、医師の使命を果すためには日進月歩の医学的新知識を得、かつその技術的向上を計らねばならず、ために多額の研究費書籍費を要するのである。又相手方は池田市に住みながら豊中市立の○○小学校に通学している。これは兎角華美虚栄を好む母松子が必要もないのに好んで多額の費用を要する遠方の小学校を選んだものと思われる。これ等事実を綜合して考えれば、抗告人の扶養料負担額が失当であることは明白である。

五、抗告人は本件審判の前手続である調停手続以来その多忙な公生活にもかかわらず、その期日毎に出頭したが、その事件の申立人である相手方の親権者松子は出頭回数よりも不参回数が多く、その間住所不明となり、調査官の調査により判明したようなこともあつて、相手方の責に帰すべき事由で生じた申立費用が相当あるが、それまで抗告人の負担とした原審判は不当である。

右に対する当裁判所の判断

当裁判所は原審判説示の理由と同一の事由(それをここに引用する)及び本件記録に現れた一切の事情を参酌勘案し、抗告人に相手方の扶養義務者として、原審判の定めた金員を相手方に支払うのが相当であると認定する。

抗告人提出の証拠書類(1)によれば抗告人と相手方親権者である大田松子間に抗告人主張の日その主張のような内容の調停が成立したことは明かであるが、右は抗告人と大田松子自身との間の関係を定めたものであつて、相手方に関係のないことはそれ自体明かであるのみならず、大田松子はその調停によつて初めて相手方の親権者となつたのであるから同一調停において同時に成立した他の条項を相手方の親権者の資格を兼ねて定め得ないものといわねばならず、仮にその資格を兼ね、しかも何等の請求をしないという条項の中に相手方の扶養料請求権をも含めた趣旨であるとしても、扶養料の請求権が予め放棄できないことは民法第八八一条により明かであるから、それは本件申請の成否には関係がない。本件扶養料の請求が相手方の名を借りて大田松子のするものである事実を認むべき資料はない。抗告人は相手方の親権者監護者には医師である抗告人自身がなるが相当であるから、その変更の申請をする所存であることを事由として、本件請求の失当をいうが、現に相手方が大田松子の許で監護養育されている以上、同人が親権者監護者として不適当で、抗告人をその適任者とするとの事由のみでは、現に必要とする扶養料請求の妨とならず、ただ将来現実の監護養育関係に変更を来したとき初めて一旦定められた扶養料の審判の変更を申立てうるに過ぎない。

次に抗告人は相手方の入院費は不必要不当な扶養処分によつて生じたから負担の限りでないと主張するが、○○○○医科大学附属病院の係医師が不必要な入院を勧告したり許容したりとは考えられず、抗告人提出の全証拠書類によつても右事実は認められない。又相手方が二等甲の病室に入院したとしても相手方の身分から見て父たる抗告人の扶養義務外の処分であると認めるほど不当とは考えられない。更に又右入院費の支払につき保証人の別にあることは現に支払われていないかかる費用を扶養義務者に負担させる妨となるものではない。

抗告人は原審判の命じた扶養月額三、〇〇〇円は不当に多額であると主張する。なるほどこの負担は抗告人の月収と扶養家族関係から見て軽くはないであろうし、医師として相当の職業費も必要であろうが、相手方の母大田松子の職業(バーの女給)がその性質上安定性が少いのに反し、抗告人のそれは極めて安定していて発展性にも富む点等に鑑みれば、抗告人主張の諸点を参酌するも必ずしも月額三、〇〇〇円の扶養料額は不当とは考えられない。右三、〇〇〇円の額は原審判が挙示する証拠によつても明かなように相手方の現実に支出した生活費を基準として算定したものではなく、我が国一般社会の標準生活費や教育費を基準にして勘案されたものであるから、相手方が住居地区外の小学校に通学している事情の如きは右扶養額算定の事情になつていないのみならず、相手方の親権者の生活態度如何の如きは全くそれに無関係である。抗告人が扶養月額不当の事由としてかかる事情を云々するのは当らない。

最後に申立費用の負担についての主張であるが、家事審判法によつて準用される非訟事件手続法第三〇条但書の精神から本案について抗告が理由がない以上、申立費用の裁判に対する不服の当否については最早抗告裁判所の判断は許されないものと解すべきところ、本件抗告の本案に関する部分はすべて理由がないこと叙上の通りであるから、右抗告人の主張もまた採用するに由がない。

(裁判長判事 大野美稲 判事 石井末一 判事 喜多勝)

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